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ほら言わんこっちゃない
私は以前ある会議の席上で、ある委員が「PR力で掛川茶に負けている。もっと菊川茶のPRを!」てな内容の意見を発せられたのを受けて、「そんな個々の地域ブランドPRは全国シェアからすればほとんど意味がない。それよりももっと重要なのは、PETボトルのお茶に押されて生葉の需要が落ち込んでいること。若い人たちのなかにはお茶の入れ方すら知らない者も数多い。その根源は、男女雇用機会均等法やセクハラの誤った解釈で、こういった会議の席ですら入れたお茶を出さずPETボトルのお茶を出していることにある。お茶は日本の文化なのだ。せめてお茶を基幹産業とする静岡県ぐらいは、県が一丸となって、職場では職員が当番制でお茶を入れる、会議の席のお茶は急須で出す…などの努力をしていかねば。全国への発信は、まずそうした足固め、土壌固めをしてから。静岡県へ訪れた人でさえ、まともなお茶に出会えないなんてありえない。対掛川茶、対川根茶なんてのは二の次。まずは他の産地と連携して、みんなでお茶の文化の普及に努めることこそ最優先に考えねば」といった発言をした。私は直接茶業に関わる者ではないが、基幹産業であるお茶が地域経済に与える影響の大きさはわかる。20年前はとても羽振りの良かった茶業の方々が、いまでは私たち貧乏人とさして変わりないほどになった。なぜ唐突にこの会議のことを思い出したかと言うと、それは、日教組の集会で報告された「高校生の8割がお茶を入れられない」というニュースを見たから。えっ?!と驚く数字であるが、まんざら間違っていない気もする。彼らが大人になったとき、その子どもたちは、さらに多くがお茶を入れられなくなっていることは必然。早く手を打たねば、将来、静岡県の茶業はPETボトル用の下級茶葉だけを作ることになりかねない。静岡県の茶業は業界独自の複雑な流通を作ることによって大手商社の参入を防ぎ、潤沢な利益を得ることに成功したが、それはもはや過去の話。時代は大きく変わっているのだ。そんな過去の遺物にいつまでもアグラをかいていると、本当に首をくくるはめになってしまう。まずは手始めに、せめてお役所や、それに準ずる組織では昔ながらの急須で入れたおいしいお茶を入れるよう改革してほしいものと思うが。はて…私の考えは、間違っているだろうか。
最近の高校生、急須使えず?
最近の高校生、急須使えず?
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