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明日の椿の「フォークな夜」に向けてギターの弦を交換した。そして、ついでにサドルをちょいと上げることに。じつは1ヶ月ほど前から5〜6フレット付近を押さえたときにビビるようになり、ずっと気にしていたわけで。ところが、いざサドルを上げようにも適当な材料がない。とりあえずサドルの底面にセロハンテープを3枚ほど重ね貼りしてみたが、結果は最悪。音がモコモコこもっちゃって。さすがに、ナットとサドルはギターにとってもっとも重要な箇所のひとつと言われるだけの由縁が。しかし、0.2~0.3mmぐらいの厚さで固い物となると、身の回りにはなかなか見当たらない。カーボンもしくは金属などが理想だが、いくら探してもない。で、ふと思い立ったのがギターの弦。新しく張った弦の切れ端をサドルと同じ長さに切り、サドルの下に敷いてみた。板ではないのでサドルは密着しないが、まぁ物は試し。れれれ。う〜ん、意外にもなかなか良いんじゃないか。サドルの下に細工をすること自体が邪道なので100%理想とは言えないまでも、先ほどのセロハンテープよりははるかに良い。サドルが上がってビビリも解消できたことだし、とりあえず明日の「フォークな夜」はコレで行くことにした。ここしばらくは、仕事の合間をぬって薄いカーボンプレートもしくは金属板探しに没頭しちゃいそう。ははは。やばい、やばい。
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あの忌まわしい大震災から、もうすぐ丸3年。早いものである。日々の報道では震災の話題はほぼ消え失せたけど、だからと言ってすべてが解決したわけではけっしてない。現に復興はまだまだ道半ばだし、福島第一原発による放射能汚染は拡散を続ける一方である。先のブログでもカキコしたが、マスコミの報道と国民の関心事は必ずしもイコールではない。というか、国民の関心事はマスコミ報道によって煽動されている…と言ってよかろう。たんに日本のマスコミのレベルが低いだけなのか、それともウラから政治的圧力がかかっているのかはわからないが…。ただひとつ、マスコミで報道されることが100%真実ではないし、報道されない重要な事柄もたくさんあるってことを、私たち国民は忘れちゃならない、と私は思うんだけどなぁ。
福島の現状、公表されるよりはるかに悪いこともあり得る
放射能に汚染される首都圏で暮らして、人々が騒がない理由
「原発は援助しない」世銀と国連が表明
福島の現状、公表されるよりはるかに悪いこともあり得る
放射能に汚染される首都圏で暮らして、人々が騒がない理由
「原発は援助しない」世銀と国連が表明
それぞれ4年に1度の夏と冬のオリンピックだが、冬季は夏季に比べてイマイチ盛り上がりに欠けるように思うのは私だけだろうか。で、その理由を考えてみた。理由はふたつ。ひとつは採点競技が多いこと。今回のソチ五輪でも採点に関して批判が出ていたが、採点競技ってのは勝っても負けても釈然としない。しょせんジャッジ次第であり、そのジャッジの正確性や公平性さえも疑わしい。その点ではスノーボードクロス、スキークロス、大回転、回転などの競技は迫力もあるし、勝ち負けもハッキリしていて、じつに面白い。盛り上がらないもうひとつの理由は、競技人口の少なさであろう。私が雪の降らない静岡県民のためかもしれないが、私の身の回りには、フィギュアスケートをやっている人も、スキージャンプをやっている人も、ボブスレーやスケルトンをやっている人も、カーリングをやっている人も誰ひとりいない。これは我が静岡県に限った話ではなく、日本全国、全世界を見ても同じで、夏の競技に比べて競技人口ははるかに少ないんじゃないかな。競技によってはラジコンヨットのそれよりも少ないかも。それでもみんなの注目を集めるのは、オリンピックという世界的コマーシャルイベントであり、マスコミが報じ騒ぎ立てるからにほかならない。騒ぎ立てると言えば、オリンピック前のフィギュアやスキージャンプの某女子選手たちに対するマスコミの加熱ぶりは半端じゃなかった。結果として彼女たちはメダルに手が届かなかったが、その途端に報道陣の視線は他の選手に。まぁなんとゲンキンなことか。そもそも、よくよく考えてみれば、他のメダルを獲得した選手たちだって世界ランキング上位の選手たちばかりで、戦前からメダル獲得を予想できたはずなのに、彼ら彼女らに関する扱いは競技が始まるまでほとんどなかった。なにゆえ前述のふたりのだけに視線が集まられたのか、はなはだ疑問。おそらくこれもバックのスポンサーの力なんだろうな。人気スポーツも、人気タレントも、じつはマスコミの力によって作られているんだよね。もっと極端なことを言えば、国勢選挙の当落さえも。そして、そのマスコミの煽動にまんまと操られ続ける私たち。あああ、やだやだ。
今日は抜けるような青空の好天気。というわけで、急遽とある施設の撮影となった。通常、仕事の撮影はプロの商業カメラマンに委託するのだが、カメラマンを使う予算がないとき、カメラマンのスケジュール調整がつかないとき、私の撮影でもなんとか賄えそうなとき…などは私が撮影することも。今日の撮影は天気を見て今朝とつぜん決まったので、カメラマンを手配する余裕もなく必然的に私が撮ることに。午後イチバンの校正と夕方の静岡での打ち合わせの間に、ちょうど少しだけ時間があり、この間を使って撮影することにした。ところが、この撮影。クライアントの20名ほどの協力を必要とし、この撮影のためにわざわざ時間を割いていただかなくてはならない。好天の屋外というこの上ない好適の撮影条件なので、まず100%失敗はあり得ないのだが、万が一にも失敗は許されないので、とても緊張した。帰社後、急いで画像をチェックして、ちゃんと撮影されているか確認したことは言うまでもない。それにしても、ずいぶん楽になったものだと思う。カメラがデジカメになって。かつて昔フィルムで撮影した頃は、撮影後に現像屋さんに会社へ連絡してフィルムを取りに来ていただいて、その翌々日にポジが仕上がってきて、ようやく写真の状態を確認。それまでは、ちゃんと撮れていたかどうか不安でいっぱいだったし、現像の失敗も心配しなくちゃならなかった。余分な写り込みの消去や画像補正もフォトショップでチョチョイのチョイ。フィルムの時代と比べると雲泥の差である。仕事が楽になった分、というか、それ以上に制作料金も下げられているので、もちろん諸手を挙げて喜べる話ではないんだけど、日程の短縮やプレッシャーの軽減という点で、デジタル化の貢献度はじつに高い。これはほんの一例だけど、この他にもデジタル化によって仕事のやり方が変わったことは多々。でも、イチバンの違いは、人と人との有機的な繋がりだろうか。思い返せば、ひとつの仕事をこなすのにより多くの人の手を介した昔のほうが、社会のコミュニティがもっと豊かだったようのな気もする。
昨年末の首相の靖国神社参拝に関し、米国に「失望している」とコメントしたのに対し、首相補佐官がYoutubeで「むしろ我々の方が失望だ。米国は同盟関係の日本をなぜ大事にしないのか」と批判したそうな。これが政府の声なのか、はたまた彼が釈明する通り個人的な意見なのか、ホントのところはわからない。官房長官にたしなめられて発言を撤回して動画も削除したらしいが、このレベルの人間が首相補佐官を務めていることに「失望している」と言いたいのは、むしろ私たち国民である。それにしても、中国・韓国に加えて米国まで敵にまわして、いったいどうするつもりなんだろう。右傾化し、孤立化し、そしてその先にあるものは。お父様は外務大臣として外交に力を発揮された方であったが、どうやら現総理はその遺伝子は受け継いでいないようだ。家系だけは立派なのになあ…。
ネットでは情報が拡散されているのに、マスメディアはほとんど報じない山梨の大雪被害。これだけの大災害をなぜ…と、思ったら、その理由はソチ・オリンピックの放映権料にあったのか。この大災害時に首相が支持団体と高級天ぷらを喰っていたとかいないとか…そんなことはどうでも良いが、報道さえされない現実は、いかがなものか。GDPも予想の半分で、消費税アップ前の駆け込み需要も期待されたほどなく、輸入赤字がかさんだだけ。アベノミクスの大失敗も次第に浮き彫りにされてきて…あ〜あ、これからいったいどうなっちゃうんだろうね、我が日本は。
なぜNHKは山梨の大雪災害を報じないのか?
なぜNHKは山梨の大雪災害を報じないのか?